アベノミクスによる好景気でも、なぜ実質賃金は増えないのか?アメリカの実質賃金はどうか?


ポイント

・下がり続けていた実質賃金は、名目賃金の上昇に伴い平成27年を境にようやく底打ち感が出てきている。
・消費増税や物価上昇に伴い実質賃金の上昇は鈍い。
・アメリカの名目賃金はきれいな右肩上がりではあるが物価上昇も顕著。
・実はアメリカの実質賃金はそれほど伸びてはいない。

こんばんは、Yukinosuke(@yukinosuke35)です。

今回は、メディア等でよく取り上げられる実質賃金について、簡単にまとめてみたいと思います。

まず、実質賃金とは何かというと、名目賃金から物価の変動を除いて(あるいは、物価を固定して)算出されるバーチャルな賃金で、単純には以下の式で計算されます。

 実質賃金 = 名目賃金 ÷ 物価指数

実際に私たちが手にするのは名目賃金ですが、物価が変わることによってその価値も変わってしいます。
例えば、名目賃金はそのままでも、物価が上昇するとその賃金の「価値」は下落することになります。
そのため、賃金の推移を経年で見る時などは、物価の変動を除いた実質賃金で見る必要性があります。

◆日本の実質賃金の動向

下のチャートは、厚労省が今年の2月に公表した平成18年からの実質賃金の推移です。

メディア等では日本の賃金は下がり続けていると報道されますが、チャートを見ると確かに平成18年に110.2だった実質賃金は、リーマンショック等の影響もあり、直近の平成29年には100.5となり、この約10年の間に9.7ポイントも減少していることが分かります。

・実質賃金指数(現金給与総額)等の推移(平成18年~平成29年)

(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査 平成29年分結果確報

一方で、平成27年からの直近3年でみると、平成27年が100.0、平成28年は100.7、平成29年100.5とほぼ横ばいであることも分かります。
特に、名目賃金では平成27年が100.0、平成28年は100.6、平成29年101.0と緩やかな上昇基調となっています。

では、次にこの要因をもう少し詳細に見てみたいと思います。
出所は上記と同じく、厚労省の資料です。

・実質賃金の推移の寄与度分解(平成18年~平成29年)

(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査 平成29年分結果確報

ちなみに、「寄与度」とは、どの要因がどれだけ全体に影響したかを数値化したもので、それぞれがどれだけ全体を押し上げ(プラス寄与)、あるいは押し下げ(マイナス寄与)たかを具体的に知ることができます。

寄与度によりそれぞれの要因が実質賃金の上昇、または下落にどの程度の影響を与えたかが分かりますので、上図から読み取れる次の2点について考えてみたいと思います。

・平成25年以降、消費者物価指数は全体への押し下げ要因(マイナスの寄与)
・平成25年以降、一般労働者やパートタイム労働者の賃金は全体への押し上げ要因(プラスの寄与)

1つ目の消費者物価指数ですが、平成25年以降、マイナスの寄与が続いています。
これは日銀が進めているインフレターゲット(消費者物価の前年比上昇率2%を目標)の効き目が実際に出てきていることが要因だと考えられます。

つまり、消費者物価の上昇にともない、名目賃金の価値が下落し、実質賃金がマイナスとなってるということです。
なお、平成26年に大幅なマイナスとなっているのは消費増税(5%→8%)の影響だと思われます。

2つ目の一般労働者やパートタイム労働者の賃金ですが、平成25年以降、プラスの寄与がが続いています。
これはアベノミクスによる景気拡大により、名目賃金が上昇していることの影響だと考えられます。
なお、平成21年に大きくマイナスとなっているのはリーマンショックによる影響です。

その他、パートタイム労働者比率がコンスタントにマイナスの寄与である点も資料からは読み取ることができます。

これは、バブル崩壊以降、一般労働者よりもパートタイム労働者の方が相対的に増加しており、賃金単価の安いパートタイム労働者の増加に伴って、実質賃金全体が低下しているという構造的な問題による影響だと思われます。

・パートタイム労働者比率の推移(平成18年~平成29年)



◆アメリカの実質賃金はどうか?

参考までにアメリカの実質賃金指数もセントルイス連銀の統計データ集(FRED)にありましたのでご紹介したいと思います。

※余談ですが、この辺りのデータ時系列やチャートを簡単に手に入れることができるのは、資本主義先進国アメリカのすぐれた点だと改めて感じました。

・アメリカの実質賃金指数、名目賃金指数、消費者物価指数の推移(2006年~2017年)

(出所)FRED | St. Louis Fed  ※2009年=100

名目賃金がきれいな右肩上がりとなっている点が日本の名目賃金とは大きく異なる点だといえます。

また、名目賃金と同様に消費者物価指数もきれいな右肩上がりに伸びています。
そのため、物価を除いた実質賃金でみると、それほど増加していないことがわかります。

具体的には、2006年10月時点に92.3だった名目賃金は、2017年10月では119.6、この約10年の間に27.3ポイントも大幅に上昇しています。

また、消費者物価指数でみると2006年10月時点で94.8、2017年10月は115.8となり、この間、21.0ポイントの上昇となっています。
外国の方が日本に旅行に来た際に、物価が安いことに驚く理由もなんとなくわかる気がします。

一方、実質賃金は2006年10月時点で98.2、2017年10月では104.1となり、この間、5.9ポイントしか上昇していないことがわかります。

意外にも実質賃金ベースでみると、アメリカも実はそれほど大きくは伸びていないことがわかります。

アメリカに投資するものとしては、名目賃金の伸びがまずは第一に重要な点であるので、この点を継続してクリアしていることは大きな安心材料になりますし、投資する魅了のひとつであることは間違いありません。

なお、実質賃金がそれほど伸びていないということは、物価の伸びが顕著ということに他ならず、現地で生活する労働者等の不満が高まる大きな理由のひとつですから、この辺りをどうみるか難しいところだと思います。
実際、米連邦準備理事会(FRB)が物価の動きにとても神経質な理由も分かる気がします。

◆まとめ

日本の場合、下がり続けていた実質賃金は、アベノミクスによる名目賃金の上昇に伴い、平成27年を境にようやく底打ち感が出てきています。

ただ、物価の上昇、特に平成26年の消費増税の影響を受け、その上昇は鈍いものとなっており、景気回復の影響は賃金面からはほとんど感じない、実感なき景気回復、ということもうなずける結果であることがわかります。

一方、アメリカの場合は、名目賃金はきれいな右肩上がりとなっていますが、物価の上昇も顕著のため、実質賃金は実はそれほど上昇していないことが分かります。

そのため、リーマンショック後から続く景気拡大局面にも関わらず、アメリカも日本と同様に労働者にとってはその実感に乏しいものとなっていると考えられます。

今後も予定されているFRBの利上げなどにより、実質賃金、名目賃金、消費者物価がどのような動きをするのか注目していきたいと思います。

関連記事:

◆米中貿易戦争は、今後の覇権を懸けた争いを呈しています。
◆アメリカの人口バランス安定感は注目に値します。
◆アメリカの医療費についても考察しています。

コメント